キミは風のように
             氷高颯矢

 キミは風のように僕の心を攫っていった。

「なに情けない顔してんの?」
「時枝…」
 麗らかな午後の日差しの中、俺は2つも年下の女の子に頭を殴られた。恐らく今の衝撃で俺の脳細胞は少しばかりお亡くなりになったであろう…
「俺、今年で2浪だぜ?どうしよう…親も絶対呆れてるよ〜」
「でも行きたいんでしょ?獣医学部」
「そうだけど…」
 昔から動物が好きだった。だからって訳じゃないけど、ずっと動物に関わる仕事がしたかった。それが獣医だった訳だけど…。
「俺、昔から薄々気付いてたけど、本当は理系じゃなくて文系なのかも…」
「そうですね、井田先輩はどう見ても文系タイプですもんね!」
 グサッと来た。
 高校の部活の後輩である時枝は、昔から俺を凹ませるのが得意だ。時枝須美子――目がやたらにでかく、ふわっとした髪はショートカット。俺は密かにこの態度のデカイ後輩をチワワと似ていると思っている。ただし、某・CMに出てくるような愛くるしいモノではない。噛み付きグセがある勇ましい奴だ。
「そういえば、時々ノートに書いてた詩だか散文だか…今も書いてるんですか?」
「…だったら何だよ?」
 部室にうっかりそれを書いたノートを置き忘れ、時枝はそれを発見し、翌日には部員全員がそれを読んでいた。今思うとアレは軽いイジメだな、うん。
「いいえ、だったら良いんです♪」
 時枝はくすぐったそうに微笑った。
「何だよ、どうせ俺は夢見がちですよ。それより、お前。何で俺の通ってる予備校に居るんだよ?」
「それはアタシが今度ここに通うことになったからです」
「えっ?」
 時枝はニコニコしながらそう言った。
「4月から井田先輩と同級生ですよ?」
 何ィ〜っ!
「ちなみにね、アタシの受ける大学、全部先輩と同じトコロなんで♪」
 ――はぁ?
「お前、獣医になりたいとか一言も…」
「言ってませんよ?だって獣医になりたいわけじゃないですもん」
「だったら何で?」
 俺の頭の中は大混乱だ。
「2年間は我慢だなって思ってたんですけど、1年で済んじゃった。先輩の不幸はアタシにとってのラッキーかな?」
「他人の不幸を喜ぶのは不謹慎なんじゃないのかな〜?」
 時枝はきょとんとして俺のほうをじっと見た。そうまじまじと見られると…そのでっかい目は俺にはプレッシャーというか…
「だって一緒に居たいんだもん」
「――えっ?」
 今のは俺の聞き間違いかな?一緒に居たいって…俺と?!それって、それって――
「アタシと一緒にサクラだけじゃなくて、恋の花も咲かせてみませんか?――っつーか、咲かせる!咲かせてみせる!」
 一瞬、時枝が背伸びをしたかと思うと俺の頬に柔らかい感触が…
「――覚悟しとけよ?」
 ビシッと俺を指差し時枝は行ってしまった。まるでそれは春一番。春を告げる風は唐突で強烈で、鮮やかな先制パンチだった…。

一応、テーマは「進路」なんです。
どうも僕は「覚悟してろよ!」とかって口説く宣言させるのが好きみたいです。
時枝須美子は小型犬っぽい見た目に男勝りというアンバランスさがポイント。
井田貴司(本編では下の名前が出てないけど)はボルゾイとかサルーキーみたいな細長い系の大型犬みたいなイメージです。
ちなみに時枝が井田のポエムを回し読みさせたのは、実はその文章を気に入ったから他の人にも薦めた結果、思わぬ方向に逸れちゃったというオチです。